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芸術科文化系第二文芸部の副部長 通称:純(じゅん/すみ)さん 主に芸術的で文化的で文芸的な創作活動をしている 活動内容 創作活動 読書感想会 マンガ,ゲーム,アニメ研究 活動場所 twitter http //twitter.com/udeoshi pixiv http //www.pixiv.net/member.php?id=390844 ブログ http //norenwoudeosi.blog16.fc2.com/ mixi http //mixi.jp/show_profile.pl?id=24823275
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失顔少年/少女 タイトル:失顔少年/少女 作者:渡名 すすむ 掲載号:2014年バレンタイン号蜜柑テーブル 残念なことに、人は誰も顔をもっていない。 少なくとも僕の世界では、あらゆる人はのっぺらぼうだ。 この電車の中の人たちだって例外じゃない。 たとえば、僕の前に立っているこの人。 生え際が後退ぎみだし、スーツとネクタイをしているから、おそらく中年の男性会社員だろう(もしこれで女子大学生だったりしたら、僕は土下座して謝りたい)。 * * * 菅野はかれこれ三十分、喫茶店のテラス席で待っていた。クルミがなかなかやってこないのだ。 すると、走ってくるクルミの姿が目についた。 「あー、来た来た」 ごめんごめんと向かいの席に座り、クルミは息切れしながら「ごめん、寝坊しちゃってさ」と言う。 「遅いよもうー。クルミが来る前に、私はとっくに注文しちゃったからね」 「『クルミ来る』って語感がいいね」とメニューを開いたクルミは言った。 「話をそらさないでよ」もう、と菅野は呆れた笑いを出す。 * * * ところで、僕の名前はサグルだ。割とどうでもいいが、よく〈永永〉と書かれたり〈コオリミズ〉と読まれたりする。いちいち訂正や説明をするのが面倒なので、この名字はあまり気に入っていない。 ……僕の名前はどうでもいい。 厳密に言えば、中一の頃はすべての人が顔をもっていた。だから目や鼻や唇などは見たことがあるし、顔のどの部分にあるのかは多少なりとも記憶している。 現在僕は高二なので、中一の頃というと四年前だ。 四年前のある出来事を機に、僕は顔を認識する能力を失った。 * * * 「えー、何それ。ひどいね」とおかしそうにクルミは笑う。 「でしょー?」とは言う。「それでさ彼がね、……」 菅野とクルミは同じ大学に通っている大学一年生だ。講義と講義の間の時間は、近くの喫茶店で他愛のないガールズトークに話を咲かせる。 「ほら、これ見てよ」、菅野がスマホの画面を差し出す。 「ホントだ、すごくつまらなそうな顔してるね!」とクルミは画面を見て笑う。 「ね。アイツ、カオナシじゃないんだからさ」菅野はスマホの画面を操作しながら言った。 「う、うん……」とクルミはとまどいながらうなずく。 明らかに声のトーンが落ちたのに気づいて、菅野はどうしたの、と訊ねかけたが、そこで自分の失言に気づいた。 「ごめん……」と両手をあわせて謝る。 「ううん、別にいいんだよ」 略して「カオナシ病」と呼ばれたりしているが、正式名称は「感染性相貌失認症」だ。そしてその患者は蔑称で「カオナシ」と呼ばれていたりする。 だいたい見当がついているはずだろうから驚かないで欲しいんだけれど、僕はカオナシ病患者だ。 さっきも言ったように、僕の世界から顔が消えたのは中一のときだ。つまり、中一でカオナシ病に感染した。 確か、すこし遅い時間に学校を出た日だった。 駅から家に歩いている時に、ホームレスの男が前から歩いてきた。僕は警戒して男に目を向けていた。 すると、そいつはすれ違いざまに「こっちを向くな化けものめ! お前もか!」と僕に手を伸ばしてきたのだ。 何日もお風呂に入っていないような臭いもあいまって、僕は距離をとって逃げようとしたのだけれど、そいつにバックパックを掴まれてそのまま地面に倒された。 そうして倒れた僕の首に手を回そうとしてきたのだ。マズいと思って、僕は伸びてきた手――確かそいつの左手――に本能的に噛みついた。かなり強く。 そいつは痛みに叫んで、そそくさと逃げていった。 いきなりのことだったので、僕はしばらく歩道の上で倒れたままだった。まさに呆気にとられていた。突如タイムスリップする能力を得た人が、知らない時代に放り出された際のような表情をしていたんじゃないかと思う。 家に帰っても、親には何も言わなかった。 * * * 「へえ、よかったじゃん!」 クルミはうん、と笑顔で頭を縦に振った。「やっと私も元に戻れるんだー」 「それじゃあ、今日は講義を休んで病院に行くってことね」 「うん」 * * * ホームレスとの一件のあと、徐々に僕の世界から顔は失われた。 何月・何日・何時・何分・何回地球が回ったのを境に顔が見えなくなったのかはわからないけれども、とにかくあの一件のあと、日に日に世界の顔が消えていくのがわかった。 朝起きて、顔を洗うのに洗面台に向かうわけなのだが、そのときに鏡には自分の顔が映っていた。そして起きるたびに自分の眉や目や鼻の存在がうすれていくのがわかった。 最初は輪郭線が見えていた。輪郭線を取り残して何者かが消しゴムでうすくしたように、顔のパーツは消えていった。そうしてついに輪郭線までもが消えて、「世界中がのっぺらぼう」が完成した。 親の顔もそうだった。 中学校の先生やクラスメイトの顔もそうだった。 例外はなかった。 僕は自分がカオナシ病にかかっているかもしれないということは誰にも言わなかった。 僕はどんどん世界が顔を失っていくのを見届けつづけた。 とうとうすべての顔が消え失せると、まず僕を襲ったのは恐怖だったと思う。町中を歩けば、誰も彼もが顔をもたないのっぺらぼうという光景ももちろん怖かったのだが、それ以上に自分がカオナシ病患者であるとバレる可能性が怖かった。 カオナシ病じゃないと装うために、僕は生活に手間取ることになった。 こんなことがよくあった。 「俺の顔に何かついてる?」とクラスメイト第一号は聞いてくる。 「別に何もついてないけど……」 「じゃあジロジロ見るなよ~」というふうに笑い声が聞こえるのだった。「もしかしてお前、カオナシか~?」 別にジロジロ見てないけど、と言い掛けるのだが、僕はきまってただ一緒に笑うのだった。うまく笑えていたかどうか不安だった。鏡で笑う練習をしようとしても、ただののっぺらぼうしか映っていないのだから。 * * * 「……があってさ、振っちゃったんだ」 「ふーん」 菅野の元彼遍歴を聞き飽きたクルミは、若干ぞんざいな相づちを打って紅茶をひとくち飲んだ。 クルミが飽きたのを察知した菅野は、「クルミはつきあってたこと、ないの?」と聞いた。 「うーん……」とクルミはコップをおろす。「ある、けど」 「何よ照れちゃって~」、菅野はクルミの鼻をまたつまんだ。 耳が赤くなったクルミは髪をかきあげた。かきあげたあとに、手で一度耳たぶを引っ張る。 「すごく素敵な人だったんだ」 「え、いつのこと? その人はどんな人だったの? 今もつきあってるの? それとも振っちゃったの? それで、……」 * * * 目や口が見えないせいで、自分の表情も相手の表情も正確にとらえられなくなっていった。 自分が微笑んでいるつもりなのに、「口角下がってるよ」と言われることもあったし、「どうしてニヤニヤしてるの? 不謹慎よ」と親戚の葬式のあとに、親に叱られたこともあった。 顔の感覚と表情のズレが怖くなっていくのだ。だから、バレないように無表情を心がけるようになった。 「あいつカオナシ病になったらしいぞ」「え、マジで……」「感染るんだよなアレ。学校来んなよ」 そんなひそひそ話が僕のうしろで聞こえたときには、『ついに僕の中学校生活も終わりか』と早合点したのが懐かしい。 でも、なんとなくわかっていた。みんなはどこかで、カオナシ病なぞ自分とは関係ない、自分の周囲にはカオナシ病の患者なぞホントはいない、というふうに思っていたのだ。 だからバレそうになっても、笑って流せば済んでいた(口を少し開けて息を吐き出せば、笑いの音にはなるのだ)。 結局、カオナシ病を患っているとバレることはなかった。 でもそれは中学と高一までの話。親の仕事の都合で新しい高校に転校したのは、高校二年生になってからのこと。 僕は今、電車に揺られながら新しい高校の始業式に向かっている。 * * * 「はっきりつきあっていた、というわけじゃなくて……」、とクルミは言いよどむ。 「曖昧な関係ってやつ?」 「う、うん……」肩をすくめる。 「その人は誰? いつのこと? どんな人だったの?」 菅野のギラギラした目を見て、クルミは『自分も話すしかないか』と悟った。こうなった菅野は引き下がらないということをクルミはよく知っていた。 クルミは髪をかきあげ、耳たぶに触れてから話し出した。 「その人は、高校二年のときの転校生だったんだよね」 「イケメンだった!?」と菅野は反射的に食いついたが、「あっ、そっか……」と席に落ち着いた。 小さくこくりとクルミはうなずいて受け流す。 「いつ知り合ったの?」と菅野は聞いた。 * * 「こんにちは」という明るい声とともに、僕の方に頭が向けられる。やはりそこにある「顔」は、肌色のなめらかな面だ。 僕はすでに慣れていた。だから僕は特に動揺せず、あいさつを返して「顔」から目を逸らして、部室に入る。 そののっぺらぼうは腰まで届く長い黒髪を腰まで垂らして、現代文の教科書を読んでいた。声からして女子だろう。 部室の真ん中は四人用の大きめな机が陣取っていた。彼女はその机の一隅に座っている。 「一人?」部室には他に誰もいなかった。 「幽霊部員は四人くらいいるけど、そうだね、私一人」 「そっか」それは一安心だ。 彼女は片手で髪を耳の上にかきあげる。手を戻すときに、一瞬だけ耳たぶを引っ張るその仕草が魅力的だと僕は思った。 * * * 「文芸部で知り合ったんだ?」 「うん」とクルミは紅茶のコップをおろす。「最初は物好きだな、って思ったね」 「そういうアンタも物好きよね」 「たしかに」 「でも高校二年生から運動部に入るのはちょっと厳しかったんだろうね」 「私のトコは部活が強制だったから、楽そうな文芸部を選んだのもあるかも」とクルミは付け加える。「最初はさ、ホントに感じ悪くて……」 * * * 新しい高校に入って、ほどなく文芸部に入部した。 「ねえ」 僕は本を読んでいたので、それに没頭しているフリをした。三島由紀夫の婉曲的な文を目で紐解きつづける。 人とコミュニケーションを取れば取るだけ自分の病気がバレやすかったので、僕はなるべく人との会話を避けることにしていたのだ。 それならどうして文芸部の幽霊部員にならないかと言うと……僕にもよくわからない。 「ねえ」と二度目。 「なに」 「……」 若干の気まずい沈黙。 「どうした?」、本から顔を上げて、対角線上の長髪文芸部員を見る。彼女の手にはやはり国語の教科書があった。あまり顔を見ようとしない方がいい。「顔が見えない」という事実を見なければ、別段カオナシ病であろうとなかろうと関係がない。 「……名前は何というの?」 コミュニケーションを避けることでボロが出ないようにはできる。 この策の弱点は、ただでさえ人の名前を覚えるのが苦手なのに、ますます覚えられなくなってしまうということだ。 「氷永。氷永サグル」 文芸部員第一号は教科書のページの端にシャーペンを走らせた。 「ヒナガの字は……?」 あー、と僕は思わず声を出す。〈デジャブだ〉と思ったときに出るあの「あー」だ。 「ちょっと貸して」 手を伸ばして、教科書とシャーペンを貸してもらう。 ページの端には、丸っこくて可愛らしい文字で「ヒナガサグル、三島由紀夫」と書いてあった。 まるで僕が三島由紀夫みたいじゃないか。 僕は丸い字のそばに〈氷永〉と走り書きして彼女に教科書とシャーペンを返した。その時に、一瞬だけ指が触れ合う。 「へえ、珍しい字だねー」 「よくコオリミズと読まれる」 彼女の笑い声が聞こえた。 奇妙ながら、笑った時の唇がどういう形をするのか、一瞬だけ記憶の中で蘇った。 「君は?」 彼女はちょっとした動作で髪をさらりと耳の上に乗せた。手を下ろす前に耳殻を一瞬つまむ。 「私は熊野クルミっていうの」 熊野クルミ。そして耳。そう記憶した。 もしかすると、と僕は思った。もしかすると、文芸部に入るような人間は僕と同じ思考をしているかもしれない。僕のように、なるべく人との接触を避けたい人が文芸部に入るのではないか、と。 頭の声は〈熊野クルミもカオナシ病じゃないのか〉などと囁きつづける。 でも、それはただの都合のよい妄想だろう。 * * * 「確か、お互いの名字の話で盛り上がってた気がする」 菅野は飲んでいた紅茶をこぼしそうになった。「何それ」 「ほら、熊って下に点々々があるじゃん?」 「連火ね」 「よく間違えられて、クマノがノウノとかタイノになったりするの」 「私も菅野のカンを管理のカンにされることはあるね」と納得するように小さくうなずく。「って二人でそんなことを話してたの?」 クルミは照れくさそうに首を縦に振る。 菅野は〈まあいいや〉というふうに微笑んで、「それでそれで?」と聞く。 * * * 一週間の中での楽しみは、文芸部に行くことになっていた。 彼女の他に、部室には誰もいない。 つまり、顔が見えないせいで「あれ……君の名前はなんだったっけ?」ととぼける必要もないし、そのせいで「また俺の名前を忘れたのかよ。俺は……」などとなじられることもない。「ああ、そうだった。ごめんごめん、記憶力が悪くてね」といちいち取り繕わなくてもいい。 それだけで、僕は精神的に楽だった。 熊野クルミは教科書を読むのが好きだという珍種だった。 「何を読んでいるの?」 「詩だよ」と熊野クルミは頭をわずかに傾げる。 彼女はきっと今、笑顔なんだろうな。 「氷永くんは、また三島由紀夫を読んでいるんだね」と『禁色』の表紙の角をつまむ。 「うん」 「この前も読んでいたよね。確か、『金閣寺』」 「うん」 「そんなに三島由紀夫は面白いの?」 「たぶん」 熊野クルミもカオナシ病だったら面白いと思うかもよ、と言ってみたかった。 * * * 「三島由紀夫ねえ……」と菅野は頬杖をついてつぶやく。「私とは縁のない話だわ」 まあ……、とクルミは苦笑した。「あの人、とくに『仮面の告白』は何度も読んでたなあ」 「え? 告白?」 クルミは再び苦笑した。「本の名前だよ」 * * * すでに文芸部に入って数ヶ月が経っていた。毎日彼女と話しているうちに、「熊野クルミ」という存在は僕の中で大きくなっていた。 「お前、熊野とつきあってんの?」とクラスの男子(田中も榊も声が似ているけれど、この口調からしておそらく田中)に聞かれたことがあった。 「そんなことないけど」と彼の目があるであろう場所を見て言った。 「教えろよ~、アイツ顔かわいいし、いいじゃん」とさらに迫ってきた。「かわいくね、熊野って?」 「あ、ああ」 「タイプじゃないの?」 実際、僕には顔がかわいいかどうかなんてわからなかったのだから、顔がタイプかどうか知る由もなかった。四年も人間の顔を見ていないと、誰がかわいいか、誰がかっこよいか、ということは僕にとってほとんど無意味と言ってよかった。 でも、 「熊野はかわいいと思うよ」と言った。 「だよなー。俺も文芸部に入ろうかな、なんて」 世界から顔が一掃されたことは一種の呪いだったが、同時に多少の恵みでもあったかもしれない。わずかな頭の傾き、髪をかきあげて耳をいじるといった所作にはよく気がつくようになっていた。 ある時、僕は熊野クルミを美術館に誘った。 * * * 「それってデートみたいな?」 「そう……かもね」とクルミは思い出す時に見せる難しい目をしていた。 「美術館デートなんて私は行ったことがない」 「楽しいよ」 「だって絵を見ても良さがわからないんだもん」 * * * 幾何学的な文様だったり、パレットの絵の具を適当にぶちまけたようにしか見えない作品だったり、そういう抽象画のコーナーから僕は離れようとしなかった。 「抽象画は難しくてわからないなあ」 熊野クルミは手をあごに当てて、目の前の絵に首をかしげている。 「そうかな」うずにも銀河群にも見える絵だった。「これ、きれいじゃん」 「あっちを見たいな」と彼女は人物画のコーナーを指さす。 * * * 「私、高校生の頃はカオナシ病だったでしょ? どうしてかわからないけど、カオナシ病って絵の中の人たちの顔も見えなくなるの」 菅野は顔のない人物画を思い浮かべて「逆に面白いかも」とぼんやり言ってから、気づいたようにクルミを見て申し訳なさそうに詫びた。「ごめん」 クルミは〈ううん、気にしていないよ〉というふうに微笑む。 「今はカオナシ病の人もそんなに差別されてないけど、当時は差別があったでしょ? だから私も隠すのに必死でさ。それで、美術館に誘われた時はどうしようかと思っちゃった。でも、私思いついたの。敢えて自画像を見て『どういうことを考えている顔なんだろうね』なんてコメントすれば、別に怪しまれないかな、なんて」 * * * 「この人、どういうことを考えている顔なんだろうね」 「うーん……」 目の前にあるのは『自画像』というタイトルの絵画だったのだが、僕には麦わら帽子をじゃがいもにかぶせて、青いシャツを着せたようにしか見えなかった。 「こんなに上手に描くなんてすごいなあ」と熊野クルミは心底感心した口調で言う。 「そうだね」と僕は心にもないことを言う。 いや、じゃがいもに帽子やシャツを与える想像力はすごいと思うけれども、作者はそんなことを意図していないだろう。 僕が抽象画を好むのは、人が描かれていないからだ。こういうふうに思い煩う必要がないからなのだ。 でも、熊野クルミは熱心に絵の中の人の表情を読もうとする。それを見て、彼女がもしかすればカオナシ病かもしれないという妄想はしぼむ。彼女を好きになる資格が、僕にはない。カオナシ病を彼女に感染す可能性もある。それに、彼女もカオナシ病の人とは距離を取りたいに決まっている。でも、僕は自分がカオナシ病だということを彼女に隠して近づいている。 「この人たちは何を思いながら拾っているんだろうね」 「めんどくさいなー?」 「この人たち、そんな顔してるのかな?」 ごめんなさい。 * * * 「クルミって意外とテキトー!」と菅野は大笑いする。 「ヒドいなあ」とやんわり責める視線を菅野に向ける。「今だから笑えるけど、もしナツコがカオナシ病だったら絶対におんなじことをしてたよ!」 「でももう治るんでしょ?」 「まあね」とクルミは紅茶を飲む。 「それで? デートまで行って結局、あいまいな関係で終わったの?」 クルミは曖昧にうなずく。 * * * 学年集会や登校中の電車の中でも自然と熊野クルミを探している自分に気がついた。もちろん顔は見えないので、歩き方とか黒い髪で判断するしかなかった。 ときどき、学校で熊野クルミらしき人影を我ながらめざとく見つける。それが実は彼女じゃないと気づいたときは罪悪感と自己嫌悪に苛まれた。もし熊野クルミがこちらを見て笑ってくれているのに、自分は笑い返せていないと思うと、申し訳ない気分になった。 二学期も終わりを迎えようとしていた頃のこと。僕はやはりいつものように熊野クルミと一緒に文芸部の部室で読書していた。 彼女は小学校の国語の教科書を読んでいる。 僕は『仮面の告白』を読んでいる。 鼻をすする音がした。 おそらく彼女は泣いている。 僕は本から目を上げる。何もないところから涙の粒が生まれては頬を伝って落ちていくのが見えた。 以前もいきなり泣き出されたことがあった。あのときは唐突で驚いたが、教科書の話に感動したあまりに泣いてしまったらしかった。 おそらく今回もそうなのだろう。あのときも、今と同じ教科書を読んでいた。 「どうした?」 クルミは頭を横に振る。〈大丈夫〉という意味なのか、〈もう耐えられない〉という意味なのか、読みとれない。 しばらくすると嗚咽も聞こえてきた。以前はこれほど泣いていなかったはずだ。 「どうした?」 再び聞いてから、彼女の隣に座って腕を回す。 彼女はやはり頭を横に振る。教科書のページに涙の沁みができる。 彼女の泣く顔が見たかった。彼女の顔にうつる表情を見て、泣きたかった。 「何か悲しいことがあった?」 * * * 「高二のクリスマス前に、おばあちゃんが死んじゃったんだ」とクルミは物思いに沈んだ顔をする。 「あっ、そうなんだ……」菅野は目のやり場に困ったように言った。そして〈でもそれって関係あるの?〉という視線を送る。 クルミは自嘲っぽく笑う。 「私はすごくおばあちゃん子だったの。でも、中学生になったあたりから、すっかりおばあちゃんとも会わなくなっちゃってさ。やっぱり会わなくなると、存在がだんだん薄れていっちゃうんだよね。しかも薄れているっていう自覚がないまま。それで、おばあちゃんが死んじゃったときに、不思議なくらい何にも思わなくて……」 クルミはため息まじりに笑う。 「お葬式に行ったときに、お母さんは泣いていたのに私は涙が出なくて。お葬式が始まる前なんて、早く家に帰りたいな、とか思っちゃてて。でも、いざお母さんとか親戚が泣いているのを見て、泣けない自分が悲しくなったの」 菅野はぎこちなく紅茶を飲む。 「しかも病気のせいでおばあちゃんの顔も見れなくてさ……。すぐそこに、棺桶に入っているのに、顔がないから、ただの人形みたいで。全然死んじゃったって実感が湧かなくて。それで、泣きたいなって思ったの。思い出したいなって。 読んだことがあった教科書のお話があったんだけど、それがすごく泣けたの。だから、文芸部でもそれを読んでたの。たぶん、構って欲しかったんだと思う」 * * * クルミは簡潔に、おばあちゃんが死んじゃったの、と嗚咽の合間合間に僕に教えてくれた。 「そっか……」 僕はクルミに回した腕を引き寄せて、彼女を軽く抱きしめる。彼女を見ても、そこには悲しんでいる顔はない。教科書の文字をぬらす涙や腕の中での彼女の震えしか、僕に悲しみを伝えてくれない。 「ねえ」 「なに」彼女の顔を見る。何もないとわかっていても。 「私って、かわいいかな?」 * * * 「おばあちゃんが私のことをいつもかわいいかわいいって言ってくれてたのを思い出したの。でも自分がカオナシ病になってから、自分のことを鏡で見ても顔がわからないし、私は中学校の最初の方でブサイクっていじめられてたの。いっつも悲しくてさ」 * * * 「私って、かわいいかな?」 あまりにも突然の質問で、僕は戸惑った。 「かわいいよ」 「ちゃんと顔を見て言って」 僕は彼女の顔を見た。 でもそこには目も眉も鼻も唇も何もない。 長い黒髪や小さな耳や頬を伝う涙はある。 「かわいいよ」 でも、致命的な、一瞬の、どうしようもない間があったと思う。 クルミがいったいどんな意味を汲み取ったのかはわからないけれど、彼女はただ泣き続けた。 * * * 「いきなりそんなことを言われて、あっちも驚いたでしょ?」と菅野は一転、笑って言う。 「そうかもね」とクルミは恥ずかしそうに微笑む。「彼がどんな顔をしてたのかは見えなかったから、わからないけど」 「きっとかわいいって思ってたよ」 「そうかな」 「もちろん」 * * * 僕はその後、文芸部には行かなくなった。僕がクルミの近くにいても、きっと僕が彼女を傷つけるだけだろうし、僕が勝手に一人で傷つくことになっていただろうから。 自分がカオナシ病であることを心底呪った。いや、カオナシ病でいいから、せめてクルミの顔だけでも見られたらよかったのに、なんてくだらない妄想を繰り広げた。 いつか僕と同じようにカオナシ病に罹っている女性と巡り会えるだろうか。それとも僕はこのまま隠し通していったほうがいいのだろうか。 高校生活の先が途方もないもののように思えた。 * * * 「ふうん……」と菅野はいすにもたれる。「そのあと、話すことはなかったの?」 「なかったかな……。文芸部にも来なくなっちゃったし、私も彼の顔がわからないから学校を探してもなかなか見つからなくて……。でも、私と一緒にいてもいいことなかったと思うから、仕方ないよね。いつかは自分の病気のことを話さなきゃいけないときが来て、病気のせいで別れるよりは全然よかったと思う」 「そっかー」菅野はふと思い出したように腕時計を見る。「げっ、もうこんな時間! 講義まであと五分!」 「あ、いってらっしゃーい」 「ってクルミは病院だった……ヤバい。お金は置いていくから、また明日!」 菅野は代金をテーブルに置いて、そのまま走って喫茶店をあとにした。 クルミは笑って菅野の走っていく後ろ姿を見守っていた。 「さて、私も行きますか」 クルミは病院に向かった。 * * * 僕は『仮面の告白』を読んでいるフリをしながら、診療待ちのベンチに腰掛けている人たちの顔を見た。 ここに座っている人が全員カオナシ病だったと思うと、中高時代に感じていたどうしようもない孤独感や静かな絶望感が可笑しかった。今では薬を飲めば感染も防げるし、継続的な治療を行えば治ってしまうのだから。 僕の世界はほとんど顔を取り戻していた。まだときどき鼻や口が輪郭線を残して消えかかるが、今日の診察で最後の分の薬をもらう。それで僕のカオナシ病は消えるのだ。 「氷永サグルさん、氷永サグルさん。二番へお入りください」とのアナウンスが入った。 僕は『仮面の告白』を閉じてベンチから立ち上がり、。診療室に入った。 * * * 「熊野クルミさん、熊野クルミさん。五番へお入りください」 クルミはすくっと立つ。彼女は今日が最後の診療の予定だった。 診療室の入り口に急いで向かう。 ドン。 「あ、すみません」 診療室から出てきた男性は本を読んでいて、前を見ていなかった。 「こちらこそ……」とクルミは申し訳なさそうに言い、髪をかきあげて耳たぶを引っ張る。 クルミの目には、男性の読んでいた文庫本の表紙が目に入る。 表紙には大きな白い文字で『仮面の告白』と書いてあった。 * * * 「あ、すみません」 「こちらこそ……」 本を読みながら歩いていたためにぶつかったのだから、非は全面的に僕にあるのだが、その小柄な女性は申し訳なさそうに指で黒髪を耳に乗せる。その指は耳たぶを引っぱった。 「え……?」「あれ……?」、僕と彼女は同時に言った。
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当ページは宮崎大学文芸部HPです。 今はこれといって何もありませんが、とりあえずこれから頑張ってコンテンツ充実させていく予定です。部長が。 基本理念 当部活動は、宮崎大学の学生の文章能力・表現力の向上を第一の目的としています。 大学生の考え方を文章として表に出していけるような場を目指しています。 読書習慣の獲得、定期的に本を読むという機会を提供していきます。 創作活動を通し、自己の在り方や将来について改めて考えます。 以降、また追記しますが、とりあえずこのくらいで。 まああまり考えずゆるっと書けばいいと思います。 楽しみながらやっていきましょう。
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通称: 著者:鯨晴久 イラスト:剣康之 レーベル:一迅社文庫 既刊 2010年2月 りてらりっ ~深風高校文芸部~ ここに紹介文 名前 コメント すべてのコメントを見る
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ごあいさつ 渋谷教育学園幕張高等学校、文芸部です。 部員達が好き勝手書いた小説を「蜜柑テーブル」という部誌に掲載し、校内にて発行しております。 このサイトでは作者の紹介、バックナンバー(過去の作品)の掲載、その他情報の更新等をゆったりまったり行っていこうと思います。 大丈夫、みかんなら山ほどあるから。 ご意見・ご感想等ございましたら是非是非お寄せください shibumakubungei@gmail.com お知らせ (2015/08/24) 【更新】 2015年度『蜜柑テーブル』初夏号掲載作品 (2015/04/28) 【更新】 2015年度『蜜柑テーブル』新歓号掲載作品 (2015/04/07) 【更新】 2014年度『蜜柑テーブル』クリスマス号掲載作品 2015年度『蜜柑テーブル』バレンタイン号掲載作品 (2014/09/13) 【更新】 2014年度『蜜柑テーブル』新歓号掲載作品 2014年度『蜜柑テーブル』初夏号掲載作品 (2014/05/25) 【更新】 2013年度『蜜柑テーブル』冬号掲載作品 活動内容 ①原稿の執筆 年5回発行される部誌「蜜柑テーブル」に載せる作品を執筆します。 これはだいたい個人での作業となるため、それぞれ暇な時間に書き進め、決められた締め切りまでに仕上げます。 ②部誌の製作 私たち文芸部は部誌の製作を印刷業者などに依頼しているわけではありません。 そのため、部員が提出した原稿を「蜜柑テーブル」の形にするのは全て部員が手作業で行っています。 提出された原稿の書式を揃えて「蜜柑テーブル」の形式にする編集、打ち出した原稿に変換ミスなどの間違いがないか確認する校正、それぞれのページの印刷、印刷して出来上がったページを順番に重ねて「蜜柑テーブル」の形にしていく製本……全て部員が一から行っている作業です。 こうして出来上がった部誌は発行日に昇降口に並べられ、晴れて読者の皆様のお手元に届くわけです。 ③批評会 「蜜柑テーブル」発行後、更なる文章力向上のため、お互いの作品を批評しあいます。 「ここがよかった」「この部分が好き」というようなものから「ここはこうしたほうが読みやすくなる」「ここにもう少し気を遣ったほうがいい」というようなものまで、お互いの作品に対する意見はここで出され、それぞれ次回の原稿に役立てることになります。 また、「批評」されるのは個人の作品だけではありません。 部誌全体や毎号載せている企画(例:「部長が訊く」「こたつねこ」)の内容に対しての意見もこの場で集められ、批評会はいわばその号の反省会となっています。 だいたいの活動がこうした部誌の製作作業に費やされます。 そのほか文化祭前になるとその年の特別企画に向けた作業などを行うなど、臨時の活動が入ることもあります。 ④文章教室 部誌の製作が落ち着いている時期は「文章教室」と題して色々なテーマや縛りで文章を書いてみる、という練習をしています。例えばその一つとして「テーマでショートショート」があるのですが、これが中々楽しいんです。まずルーズリーフかノートのページ一枚を用意して三十分や一時間、と時間を決めます。部員の頭で急に思い浮かんだワードを皆で共有して、その同じワードをテーマにして一斉に思い思いのストーリーを作ります。「雨」「ニワトリ」「ブロッコリー」「二酸化炭素」……etc.タイムアップ→批評タイム。自分と同じテーマで他の人がどんな小説を書いたのか読みあって評論します。面白そうでしょ? 「文章を書いているだけなんじゃないの?」そんなふうに思われがちな文芸部。 しかし、その文章を皆さんに読んでもらうこと、そしてより良い文章を、より読みやすい部誌を皆さんにお届けしようとする努力も、私たちの大切な活動なのです。 →(文芸部/渋谷幕張高校より) ※作品の著作権はそれぞれの著者に属します。転載等はご遠慮下さい。 ※当サイトはリンクフリーです。
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無機質なアラーム音とともに、俺はベッドの中で目を覚ました。布団の中から手を伸ばし、目覚まし時計のアラームを止める。 今日は週のはじめ、憂鬱な月曜日。今日からまた平凡な一週間が始まる。 いつものようにベッドに横たわったまま時間を確認し、妹が起こしに来るまでもう一眠りしようかと思った瞬間、奇妙な違和感を感じて、俺は身体を起こした。 ベッドの上で上半身を起こしたまま、部屋の中を、まるで寝ている間に知らない何者かが侵入したのではないかと疑っているように、隅から隅まで見回す。 しかし、部屋の中は、あるべきものがあるべき場所に存在し、変わったことは何一つなかった。 奇妙な違和感に包まれたまま、しばらくそうしていると、静かに部屋の扉が開き、こそこそと妹が部屋の中へと入ってきた。 俺が既に目を覚ましていることを確認して、妹は少し驚いたような表情で俺を見る。 「あれぇ、キョンくんもう起きてたんだ」 「ん、ああ、もうそんな時間か」 意外に長い間、ベッドの上で物思いに耽っていたようだ。 ベッドから這い出て、着替えるためにパジャマのボタンに手をやる俺の姿を見て、妹が奇妙な一言を放つ。 「キョンくん、どうして泣いてるの?」 「え?」 妹に指摘され、目に指をあて、初めて俺は涙を流していたことに気がついた。 「怖い夢を見たんだね。だから、起きてたんだ」 そう言ってひとり納得した妹は、そのまま部屋から出て行った。 夢の記憶など一欠けらもないが、俺は確かに涙を流していたようだ。 言い知れぬ奇妙な感覚に包まれたまま、俺は高校へ行くための身支度を始めた。 予鈴がなるのと同時に教室に入り、最後尾の席に座る。 「おはよう、キョン」 「よう、キョン、月曜日はだるいよな。サボりたくなっちまうぜ」 「谷口、キミはいつもそんなこと言ってるね」 いつものように、隣のふたりが何気ない挨拶を交わしてくる。 なぜだろう、何か足りないような気がする。 「どうしたんだい、何か今日はいつもと様子が違うようだけど。何か悩み事でも」 俺の様子を不振に思ったのか、国木田が怪訝そうな表情で尋ねてくる。 「はっはーん、昨日の夜エロビデオでも見てたのか、キョン」 谷口……こいつは相変わらずだ。 「いや、なんでもないんだ」 「そう、ならいいけど」 そんな会話を交わしているうちに、担任の岡部が教室に入ってきて、会話は打ち切られた。 放課後、何のサプライズもなく平凡な学生生活の一日が終わりを告げる。 授業は相変わらず退屈だったし、習得度も相変わらずだ。何ひとつ変わることのない一日。 「おい、キョン、帰りにゲーセンにでもよっていこうぜ」 谷口の顔を一瞥し、俺は無言のまま教室を出て行く。 「おいおい、つれないなあ。返事ぐらいしろよ」 「キョン、本当に大丈夫かい。今日は朝から様子が変だよ」 国木田の言葉に少し首をかしげ、考えるそぶりをした後、おもむろに尋ねる。 「俺達って、いつもこんな風だったっけ」 俺の言葉を聞いて、ふたりはキョトンとした表情で俺の顔を見つめる。 「おい、キョン、大丈夫かお前。まさかエロ本の見すぎで、頭が壊れちまったなんてことはないだろうな」 「…………」 谷口はあきれた風にそう言い放ち、国木田は返す言葉を持っていないようだった。 まあ、そうだろう。俺が親しい友人にいきなりこんなことを言われたら、おそらくふたりと同じ反応をするだろう。 「いや、すまん、忘れてくれ」 「もしかして、進学のことで悩んでいたりするのかい」 「おいおい国木田、こいつがそんなたまか」 少し真剣な表情で尋ねる国木田の隣で、谷口が茶々を入れる。 「あれ?」 ふと気がつくと、俺はいつのまにか旧校舎の中にいた。 「おい、キョン、何でこんなところに来たんだ。まさか今から部活に入るなんて言い出すんじゃないだろうな」 「ちょっと、ちょっと、僕達来年受験だよ。いくらなんでもいまから部活って……」 谷口や国木田の意見は最もだ。なぜ、俺はこんなところに来てしまったのだろうか。理由はわからない。まるで身体がおぼえていたかのように無意識にここにやって来てしまったみたいだ。 ふと、目の前の扉に視線をやると、そこには『文芸部』と書かれたのプレートが掲げられている。 そのプレートを見た瞬間、何か不思議な力に導かれるように、俺は、自分の意思とは関係なく、目の前の扉を開いた。 部屋の中は無人で、パイプ椅子と長机が無造作に置かれているだけだった。黄昏の夕日に照らされた部屋の中は、どことなく哀愁を漂わせている。 ただひとつ奇妙なことは、一番奥のおそらく部長が座っていたであろうと思われる席に、笹の葉が立てかけられていることだった。 哀愁のような奇妙な感覚にとらわれたまま、俺がその場に立ち尽くしていると、 「確か文芸部は廃部になってたはずだよ」 そう言いながら、国木田が部屋の中へと入っていく。俺と谷口も部屋の中へと進む。 「もしかしたらエッチな本があるかもしれないぜ」 谷口がそう言って本棚をあさり始めた。国木田は興味深そうに部屋の隅々を見回している。 ふと、笹の葉につけられている一枚の短冊が目に留まった。それを手に取り、何気なく眺める。 『―――――を助けて欲しい。そのために俺のすべてを投げ出してもかまわない』 名前の部分は滲んでいてはっきりとは読み取れなかった。だが、その字は確かに俺の字のように思えた。なぜだろう。こんなことを書いた記憶はないのに…… 「どうしたんだい! キョン!」 国木田の驚愕する声を聞き、俺はハッと我に返る。 短冊にポトリと涙の雫が落ちるのを見て、俺は自分が泣いていたことに気づく。 「いや、なんでもないんだ。行こう」 溢れる涙を拭うことなく、俺はふたりに部屋から出るように促した。ふたりは少し心配そうな表情で俺を見ながら部屋から出て行く。 「キョン!」 部屋を出ようとしたとき、誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返る。 もちろんそこには誰もいない。 なのに俺の頭の中には、太陽のようなまぶしい女の子の笑顔が思い浮かんだ。だが、その顔はぼやけていてはっきりと見ることはできない。懐かしさが胸にこみ上げる。 この部屋を出て行くことが、妙に名残惜しい。だが、この胸に去来する感情の理由は、俺の記憶の中には見つからない。 過ぎ去ってしまった過去を懐かしむような奇妙な感傷の中、俺は静かに部屋の扉を閉めた。 周防九曜に捧ぐ唄へ続く
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拙作を挙げていきます。 基本的にはストレートにしか書けません。 誰々っぽい、と思ったらご指摘ください。作者が悩みます。 うそまち 1 2 3 部誌に初めて出した作品です。こんな悪趣味な話をだしてもらおう、とか当時の私は馬鹿です。 懐の広い文芸部で良かったです。 Nレポート この作品はフィクションです。実在の人物、団体、企業にはまったく関係ありません。N国はJAPANではないことからお察しください。 天網恢恢 2011杏春部誌掲載作品。 少年のマッチ Nレポート 中身 2011杏夏部誌掲載作品。